おはようさん 2014.9.28.

岡本太郎さんの「今日の芸術 時代を創造するものは誰か」を読みながら、今日は京都観世会館の能楽三昧を楽しんできました。
太朗さんと能楽とは対極 ものすごい自己矛盾なのですが、それをも楽しみながら能を観ていると、哀れな保身の伝統の向こうに、飛びかかり躍動しようと身を低している能楽の真髄が垣間見られたように感じました。
庶民の、というよりも流浪の民の演じる猿楽や今様から産み落とされた能楽が、武家という未文化な新興勢力と相思相愛となり、「洗練」という名のもとに、あるがままにあふれ出ていた情熱・大いなる自然と神々への祈りと畏れ・そして和・輪・笑 を削ぎ落とされ、その時々の為政者&権力者の大変便利なツールと化してしまったのは、今日までは確かに続いてはいますが、もうそろそろ、そんなお子ちゃまな芸術からアセンションできるのではないだろうか・・・漠然とした、でも掌にポッと温かい何かの芽生えを感じています。
2011年をピークにして、時代もこの時空間もものすごい勢いで逆行縮退しています。
でも、それすら大いなる宇宙の理そのものであり、天地自然の理にかなっているのだとしたら、そんな時代の逆行、時空間の縮退を嘆いてばかりおらずに、そう、ブランコが思いっきり高く後ろへ振れて、ピューと戻ってきているのだから、一番スピードがあがったところで、思いっきり板をけって、鎖を手放して宙へ飛び出せば・・・いいのだよって言われているように感じます。
その先に待っているものは何でしょうか?
ドスンと落ちてケガをするかもしれません。
水たまりにベチャンと落ちるかもしれません。
そんなん、何でもいいじゃないですか!
ひとつだけ確かなのは、思い切ってジャンプすれば、例え一瞬でも、お日さまに最も近づくことができるってことです。
お日さまに近づくこと・・・たかが一瞬、お日さまにちょっと近づいたからって何になるの? と思われるかもしれませんが、生まれてきた意味も、生きがいの創造も、生と死の意味も・・・そもそもこの世が、宇宙が存在している意味も、「お日さまに近づくこと」だと言い切れると思います。
だから、すべては順調。これでいいのだ!
その時が来れば、飛び出そう!と思うだけでいいのです。

P.S. まるで武士道そのものやね(*^^)v


前世物語
「もう一度、目をつぶってごらんなさい。そしてゆっくりと息を吐きましょう。あなたの心の中の悲しみをゆっくりと吐き出します。そして息を吐く度に、あなたはこの人生で夫を愛した場面へ戻っていきます。ゆっくりとこの人生を遡っていきます。最も夫を愛した場面に戻ったら、大きく息を吐きましょう」
 彼女はすぐに催眠状態に戻りました。そしてゆっくりと息を吐き出しました。彼女の頬を涙が伝います。しばらくして彼女は大きな息を吐きました・・・彼女は声を出して泣き始めました。
「あなたが最も夫を愛した場面に戻っていますね。その時のあなたの心のときめきを、今、この時へと持って帰りましょう。その時のあなたの愛のエネルギーを、今、この時へと持ち帰ります。その時の夫の目を見て、もう一度、夫の愛に触れてください。そしてその夫の愛の中で、今のあなたは何を誓いますか? 声に出さなくても構いません。ただ、あなたは夫の愛のエネルギーの中で何を誓いますか? 
何かを誓えますか?」
 彼女は無言のまま静かに意識を集中していました。そして突然、大声で泣き崩れました。私は彼女の背中をゆっくりとさすりました。両手から私の愛のエネルギーが彼女に染み込んでいくのが感じ取れました。夏の暑さにうな垂れたヒマワリが夕立を一気に飲み干すように、彼女は私の愛のエネルギーを吸い尽くしてくれました。私は先生のいつもの誘導の通り、地球の愛のエネルギーと宇宙の中心の光のエネルギーに私の魂を繋げました。空っぽになった私の中に新しい愛と光のエネルギーがどんどん流れ込んでくるのがわかりました。そのエネルギーは尽きることなく、それまで以上に私を愛と光のエネルギーで満たしてくれました。私は彼女にエネルギーを送りながら、愛を与えることの意味を悟り始めていました。
『寂しさは人に愛を与えることによって、その愛を受け取った人の心の中が温かくなることで癒されます。自分が愛をもらうのではなく、人に愛を与えることによって、寂しさや孤独がなくなっていくのです』
 私も夫や子供たち、そして先生の愛に支えられながら、ここまで生きて来れました。私も愛をもらう側だったのです。でも、夫も先生もとても喜んで愛してくれています。愛をもらう側だからダメなのではないのです。私はみんなの愛を喜んで受け取っています。みんなにも神様にも感謝しています。私は心を開いて、素直に、笑顔で、みんなの愛を受け入れてきたところが彼女との違いなのでしょうか・・・でも、これは私の元々の性格なのです。私を愛してくれる方は、皆さん、私の笑顔で心が救われるんだよ、と言ってくれます。私は確かに皆さんに愛されることで皆さんの寂しさと孤独を癒してきたのかもしれません。私はこの人生で彼女のような苦労をしてきませんでした。同じ愛される道を歩みながら、なぜ彼女は茨の道を歩み、私は幸せに愛される道を歩んでいるのでしょうか?

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